第5回 ちくらつなぐホテル 株式会社ブルー・スカイ・アソシエイツ/株式会社エヴァーブルースカイ
2019年8月31にオープンした南房総市千倉町の「ちくらつなぐホテル」は、東日本大震災で閉鎖された国立の小学校保養所をリノベーションして誕生したホテルです。今回はその小学校の卒業生であり、「ちくらつなぐホテル」の運営会社代表取締役 金子岳人(たけひと)さんにお話をうかがいました。
■ご出身と経歴を教えてください
出身は東京都目黒区です。小学校から高校は東京学芸大附属に通い、小学校の夏休みは臨海学校でこの施設を利用していました。
青山学院大学を卒業し、野村證券に就職、その後は国内外の不動産投資ファンド、企業再生ファンドを経て独立、2012年に株式会社ブルー・スカイ・アソシエイツを起業して現在第8期目となります。また、2016年に子会社として、宿泊施設の運営を目的に株式会社エヴァーブルースカイを設立しました。
■現在の業務内容を教えてください。
本社は東京都港区赤坂の「株式会社ブルー・スカイ・アソシエイツ」で金融アドバイザリー事業、不動産コンサルティング事業、投資事業を中心に投資ファンド向けのフィービジネスといったB to Bを展開する会社です。この子会社として宿泊施設運営を主体としたB to C向けのプラットフォームを展開する「株式会社エヴァーブルースカイ」を立ち上げ、現在葉山で複数のヴィラ及び今回の千倉でのホテル運営を行っています。
ホテルの従業員は社員・アルバイト・インターンを含めて約10名体制で「ちくらつなぐホテル」を運営しております。
■青山荘を再生させようと思った理由を教えてください。
「青山荘」は小学校の頃、臨海学校で利用していて、当時は瀬戸浜海岸で遠泳をしていました。三角屋根の建物の印象とともに私の中で強烈な思い出として残っています。楽しいことはもちろん苦しいことありましたが、今となってはかけがえのない体験ができた思い出の場所です。
「青山荘」が東日本大震災大震災で閉鎖されてから数年を経て、外部売却も含めて模索していることを知り、「自分に何ができるか」と考えました。
縁のない方が引き取れば、この建物が解体されてしまうことも容易に想定できたため、歴史を引き継げるのは最後のチャンスだと思いました。多くの思い出を残してくれた地域の方々や青山荘に対する感謝の気持ちもあり、「何とかこの建物を再生したい!ダメだったら自分の手で手仕舞おう!」と思い立ちました。
現在、私には2人の息子がおり、長男が小学校の3年生になります。私が小学生の頃、青山荘を通して体験してきたことを今度は子供たちを連れて体験できないか。施設が閉鎖され、地域でも毎年青山荘に響いていた子供たちの声が聞こえなくなり寂しくなったとの話もあり、自分のミッションとして子供たちの笑い声を呼び戻し、世代を超えて活用できる施設にすべく再生プロジェクトを立ち上げることに決めました。
<青山荘の歩み>
・1929年(昭和4年)青山荘開設「青山荘のうた」ができる
・1944年(昭和19年)青山荘を閉鎖する
・1950年(昭和25年)青山荘を改修、臨海学校再開
・1958年(昭和33年)青山荘30周年記念行事「青山荘音頭」ができる
・1974年(昭和49年)青山荘を新築する
・1979年(昭和54年)青山荘50周年記念
・2011年(平成23年)青山荘閉鎖
・2019年(令和元年)8月31日青山荘を全面改修し「ちくらつなぐホテル」オープン
■再生プロジェクトを立ち上げてから開業まで苦労したことを教えてください。
再生については想像以上に多くの困難が待ち受けていました。その中でも大きな問題が古く遵法性が担保されていない建物の改修と資金調達の問題でした。これらの問題は建物を解体して新築してしまえば簡単なのですが、それでは「既存建物を活かす」本来の目的に合致しません。最後まであきらめないで様々な問題を解決できたのは、感謝の気持ちと青山荘に対する思い入れが強かったからだと思います。
<建物改修工事>
ハード面で問題となったのが、設立当時の法律に合致していることを証明する検査済証が無いということでした。この問題については、検査機関、消防本部を巻き込み、安房土木事務所と約3カ月の間何回も協議を重ね、構造計算をゼロからやり直し、相応の耐震補強を施すことで何とか用途変更の許可をいただきました。工事は1.耐震補強、2.用途変更に伴う改修工事の2段階に分けて行い、昭和55年に増築した部分はすべて解体しました。昭和49年の建物を正として、株式会社アクタスと組むことで、建築的なことはもちろん、デザイン性も高いホテルへと再生させたのです。今回のプロジェクトは単なる不動産の再生には留まりませんが、先日、公益財団法人不動産流通推進センターが主催する年1回の不動産エバリュエーション事例コンテスト2019において、中古不動産の利活用及びエリアマーケティングという観点から見事大賞を受賞しました。授賞式には多くの方がご出席されて、私も考えていることを少しお話する機会を得ております。ハード面でのご評価もいただけたことは非常に嬉しく思っています。
<資金調達>
改修費の問題についても古い建物を解体して新築すれば金融機関からもそれなりの評価を得られた可能性はあります。しかし、それではここを購入した意味がありません。築古物件の改修には多額の費用がかかることに加え、評価を得にくいという面もあり、最終的にはB to Cマーケットから不動産投資クラウドファンディングを通じて資金調達をしました。助成金を申請しなかったのは、助成金に一定の制約があることに加え、助成金ありきのビジネスモデルは事業継続が難しいと考えているからです。
当社は金融庁登録企業で、投資ファンド関係の取引実績が複数あります。、資金調達に関するノウハウは十分に持ち合わせていますが、電子募集を含めてB to Cマーケットから資金調達するライセンスを持ち合わせていませんでした。そこで懇意先の不動産投資型クラウドファンディング、CREAL(クリアル)を運営する「株式会社ブリッジ・シー・キャピタル」と組んで「第16号千倉ホテルファンド」を立ち上げ、最終的には500名以上の方から2億3,760万円を調達することができました。地方創生にかかる資金調達手法としても、モデルケースとして一石を投じることができたと考えています。
ちくらつなぐホテルの開業は2019年8月31日ですが、開業直後に、台風15号の被災でテントを守るために造作したルーバーデッキの壁が倒壊、テントフレームも一部破損、暴風で植栽が倒木するなどの被害がありました。一連の台風は房総半島で猛威を振るいましたが、比較的早期に復旧の目途を付けることができたため、その後はホテルの浴場の開放や炊き出し、他地域の電力会社から送電線復旧支援のために来られた方々に施設を利用していただくなど、地域のためにできることを積極的に行いました。
現在、南房総市役所とも協議の上、当面来年3月までのホテル売上の一部を台風による被災への義援金として、ふるさと納税を通じて市に寄付することを決定しました。ご支援の気持ちはあっても、多くの方が房総半島に遊びに行くことへの抵抗感をお持ちの中、ちくらつなぐホテルに遊びに来ていただくことで、その一部は自動的に市に寄付される仕組みとなります。
■ちくらつなぐホテルの特色とこれからの目標などを教えてください。
私はホテルチームによく、我々は部屋を売るのではなく地域を売るのだと伝えています。ちくらつなぐホテルでの宿泊を通じて、千倉そして南房総という地域を感じていただき、地域での体験を通じて思い出となる旅になればと考えています。ホテルは非日常を感じていただくためにそれぞれの世界観を持っていると思いますが、私が考えるちくらつなぐホテルで感じていただきたい非日常とは、まさにこの地域で体験できる日常の一コマなのです。私を含めて都心のコンクリートジャングルで生活する方々にとっては、むしろ観光化されていない農家のおじいちゃんおばあちゃんが育てる野菜や果物を一緒に収穫させてもらうような体験こそが、地域を感じる体験であり、思い出に残る宿泊になるのだろうと考えています。具体的には地域の農家の方と連携して収穫体験を行ったり、地元で収穫した野菜を使って皆で料理を作ったり、ホテル内で地域の方々もご参加いただいて映画を上映するなどの体験を通じて、地域と宿泊者をつなぐハブとなっていくことが目的の1つです。世代を超えて人が集い、当ホテルをハブとして回遊していただくことで、地域にお金が落ちる仕組みを構築することを目指しています。地方創生の実現は、点ではなく面で地域の底上げを図ることが必須です。
私自身が子供の頃「青山荘」で体験した2時間の遠泳など、当時は大変辛かったのですが、皆で協力して目標をクリアしたことは、私の中で強烈な体験として残っており現在につながっています。子供の頃の体験は非常に重要であり、その後の人生に大きく影響することがあます。そのような意味でも未来につながるような体験プログラムを考え、体験を通じて地域を理解してもらうことでIターンやJターンにもつながれば幸いです。
■金子さんが考える南房総市の魅力は何でしょう。また、改善点などございましたら合わせてお願いします。
東京から見ると手つかずの豊かな自然が多く残っていて、綺麗な海とのどかな里山があるのが一番の魅力です。廃校の再利用や道の駅の利活用などについても可能性が残されていると感じています。改善点として神奈川県と比べて情報の発信力が弱いと感じているので、南房総市は館山市、鴨川市、鋸南町といった近隣地域と連携して情報を発信する仕組みを構築し、面での人の回遊を促し、地域を活性化する必要があると考えています。また、南房総地域は魅力的な雇用の受け皿が少なく、若い方が都心部へ流失し一段と過疎化が進んでいるという問題点もあります。これは南房総に限った話ではありませんが、これらの問題について雇用の促進や南房総の魅力発信という点においても市と連携して進めています。
■南房総市へ移住を検討されている方や、南房総市で起業を検討されている方へ向けてメッセージなどがありましたらお願いします。
東京の隣県ながら、南房総まで足を運ぶとほどよい田舎感があり、南房総のポテンシャルは非常に高いものがあると感じています。この時代、ネット環境さえあれば、仕事はどこにいてもできます。私は投資家とのリレーションや事業として金融面に一定の軸足があるため、東京をベースにしていますが、たまにホテルで波の音を聞きながら仕事をすることで、気持ちをリセットでき、しがらみから解放されることでクリエイティブな発想が生まれるように思います。試したい方は、ちくらつなぐホテルのカフェ棟2階にアトリエとなっているコワーキングスペースがありますので、ぜひ活用してみてください。
これから起業される方はぜひ連携していきましょう。お待ちしています。
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【名称】ちくらつなぐホテル
【所在地】〒295-0011 千葉県南房総市千倉町北朝夷2967
【関連Web】
■ちくらつなぐホテル
■株式会社ブルー・スカイ・アソシエイツ
■The Canvas Hayama Park
【Facebook】ちくらつなぐホテル